危機的状況下におけるサイエンスコミュニケーション

科学技術社会論

パンデミックのような危機的状況下におけるサイエンスコミュニケーションは、以下の3つのレベルに区分される。

  • レベル1:病気を理解し、治療するためのサイエンスコミュニケーション(科学者と医療技術者が関与)
  • レベル2:政策決定のためのサイエンスコミュニケーション(政府・行政関係者と科学者が関与)
  • レベル3:科学と市民活動 (市民と非政府組織が関与)

レベル1:病気を理解し、治療するためのサイエンスコミュニケーション

SARS危機の間は、病原や感染経路など感染症に関連するさまざまなコミュニケーションが科学者間で行われていた。このコミュニケーションによって、少しずつ感染症の実体が明らかとなり、パンデミックの終焉に寄与した。このように、科学者間のコミュニケーションは論理と合理性に基づいて議論が進められる側面がある。

科学者間のコミュニケーションでは、研究者同士が協働で研究する場合もあるが、一方で、こっそりと別の研究室のチームと競争することもあった。科学の世界における業績とは、世界のどこよりも新たな知見を発見することである。そのため、このように自分の研究をあまり表には出さず、こっそり研究を進めて一番の座を狙う研究者も多い。

科学者間の競争は新たな科学的発見を加速させることにつながるが、一方で過度な競争は科学者間のコミュニケーションの弊害となりうる。競争の文化のある科学者の世界において、どのように科学者同士の協働を促すかは今後の課題である。

また、これまでの先行研究とは大きく異なる結果が導出された研究は、その研究者自身の社会・文化的影響を大きく受ける。どれだけ研究に不備がないと確認したとしても、先行研究とは大きくかけ離れた研究結果であった場合、公表するべきかどうかは非常に悩ましい。

レベル2:政策決定のためのサイエンスコミュニケーション

科学者と政策担当者間のサイエンスコミュニケーションは、政府の政策に大きな影響を与える。実際、SARS危機の際も、患者の速やかな隔離の決定、隔離期間の設定などは科学者からの科学的知見にもとづいて法律が制定された。

科学的知識は、日々更新されるものであるため、当時は科学的に正しいとされていた政策が、今では、無意味だったと結論づけられることもある。このように、科学は最終的な結論までかなりの時間がかかる一方、政策決定は迅速に行われなければならないというジレンマがある。

また、その国、地域の社会構造により、科学的知見がうまく政策決定に反映されないこともある。例えば、SARSの発生源である中国では、当時、全国人民代表大会の実施で手一杯になっていたため、感染症対策が他国と比べて、遅れてしまったということがあった。

このように、政策決定におけるサイエンスコミュニケーションにおいては、情報流通における透明性と制限の間のジレンマ、そして、危機的状況において必要な政策と社会的価値が合わない場合もあるというジレンマが存在する。

レベル3:科学と市民活動

SARS危機において、多くの市民が科学者からの情報にしたがって行動した。その一方で、政治や経済、社会構造などが原因となり、一部の市民は科学者からの情報を無視し、独自の行動をとったものもいた。例えば、中国では、酢がSARSに効果があるとされ、家中に沸騰させた酢の蒸気を充満させるものもいた。

他にも、科学的な理解にもとづいた市民の判断が受動的な関心と相反していたとき、しばしば市民の関心の方が勝利した。

また、市民の中には、それぞれの感情や直感にしたがい、汚名と差別をもたらす結果となったものもいる。

このように、市民に対するサイエンスコミュニケーションはしばしばうまくいかず、市民が科学的に間違った行動をしてしまう事例が見られる。

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