前回は、深層学習と脳の学習の違いについて述べた。
この深層学習と脳の学習の違いがなぜ生まれるのか。その違いは、コンピュータと脳の記憶の仕方の違いも関係するかもしれない。
脳の記憶の仕方
池谷裕二『記憶を強くする』講談社(2001)によれば、脳の記憶の方法はまず、短期記憶と長期記憶に二分される。そして、長期記憶はさらに、エピソード記憶、意味記憶、手続き記憶、プライミング記憶に分けられる。
Ⅰ. 短期記憶 三〇秒〜数分以内に消える記憶、七個ほどの小容量
p.68
Ⅱ. 長期記憶
ⅰ. エピソード記憶 個人の思い出
ⅱ. 意味記憶 知識
ⅲ. 手続き記憶 体で覚えるものごとの手順(How to)
ⅳ. プライミング記憶 勘違いのもと? サブリミナル効果
脳が情報を得ると、まず短期記憶として残る。この短期記憶は名前の通り、数秒〜数分程度しか残らない。この短期記憶にある情報を長期記憶として残すか、忘れるかの判断を脳が判断している。
長期記憶として保存すると判断された情報は、さらに4つに分けられる。
エピソード記憶には、これまで経験してきたこと、見聞きしてきたことが残る。小学校の運動会で徒競走をしたこと、中学校での修学旅行、大学受験などこれまで自分自身が経験してきた過程を覚えているのは、これらの情報がエピソード記憶として残っているからである。
また、意味記憶は学校で学んだことなどが該当する。「水は水素原子や酸素原子から構成される」や「710年に平城京に遷都した」などの情報は、自らが体験していなくとも、知識として脳に残っている。
手続き記憶は体が覚えている手順である。私たちは、自転車に一度乗れるようになると、数年乗らなかったとしても問題なく乗れる。また、水中での泳ぎ方、お箸の使い方、ボールの投げ方なども忘れることはない。
プライミング記憶は、前に入力された記憶が、のちの情報に影響を与えるような記憶である。(説明がやや難しいので、ここではあまり立ち入らないでおく。)
このように、脳の記憶の方法は情報の種類によって分けられる。
コンピュータの記憶の仕方
コンピュータに情報を記憶させるには記憶装置が使われる。
記憶装置は揮発性のものと不揮発性のものに大別される。揮発性の記憶装置は通電している間のみ、情報が保持される。つまり、コンピュータの電源を落とすと内部の情報が消える。このような記憶装置を主記憶装置といい、メモリなどが該当する。主記憶装置は、読み込み速度は早いが記憶容量が少ないという特徴がある。
一方、不揮発性のものは電源を落としても情報が保持され続ける。このような記憶装置を補助記憶装置という。例えば、DVDやHDD、SSDなどが該当する。この補助記憶装置は主記憶装置と比べて、読み込み速度は遅いが、記憶容量が大きいという特徴がある。
コンピュータと脳の記憶の比較
コンピュータと脳の記憶方法を比較してみる。
脳 | コンピュータ |
短期記憶 | 主記憶装置 |
長期記憶(特に意味記憶?) | 補助記憶装置 |
記憶の保持時間で比較すると、上のような関係が考えられる。長期記憶は4種類あるが、そのうち、コンピュータに扱えそうなものは意味記憶だけだ。これは、コンピュータが扱える「情報」が脳が扱える「情報」より狭義のものしか扱えないからだろう。例えば、自転車に乗ったときの感覚、お箸を持つときの感覚をコンピュータに理解させるのは難しい。(あえてコンピュータに教えるとすれば、「お箸の持ち方は、「箸の1本目は上から⚪︎mmのところをもち、2本目は上から⚪︎mmのところをもち、ご飯のところへ先端を⚪︎mmのところまで近づけ、⚪︎Nの力で1本目の箸に力を加える」などとできるだろうが、人間の手続き記憶のやり方とはほど遠い気がする。)
では、次に脳とコンピュータの記憶の違いを扱える情報の観点から考えてみる。
コンピュータと脳の記憶方法の違いの要因
コンピュータと脳の記憶方法の違いはなぜ現れるのか。以下の2つが考えられる。
- コンピュータが扱える「情報」と脳が扱える「情報」が異なる(情報の質の違い)
- コンピュータが扱える「情報」と脳が扱える「情報」の量が異なる(情報の量の違い)
まず、扱える「情報」が異なる。前の章でも述べたように、コンピュータは数値化された情報しか扱えない。一方、脳は数値化できない、(もしくは、今のところ数値化しづらい)情報も処理できる。このような違いから、脳は長期記憶に複数の方法があるのではないか。
また、コンピュータが扱える「情報」のみで考えると、圧倒的にコンピュータの方が、脳より記憶力が良い。今や、SSDの容量は1TB以上が当たり前だが、人間が1TB以上の情報を覚えるのは不可能だ。
このように、扱える情報の違いにコンピュータと脳の記憶の違いが現れるのではないか。コンピュータに扱えない情報を脳が扱えるからこそ、長期記憶には複数の形がある。また、コンピュータに比べ、脳が扱える情報量が圧倒的に少ないからこそ、脳は適切に取捨選択をしてどの情報を残すべきか、どの情報を忘れるべきかの判断をしている。
コンピュータに脳のはたらきを再現させるには
以上のことから、コンピュータで脳を再現しようとするには、2つの方法が考えられる。
- 脳が処理できる情報を、コンピュータにも処理できるようにする。(情報の質)
- コンピュータの記憶容量を少なくし、短期記憶から長期記憶に残す機構を再現する(情報の量)
1番目の方法は、例えば、人間が処理している、言葉では説明しずらい感覚的な情報を数値化することなどが考えられる。ただ、感覚的な情報を完全に数値化できるかどうかはやや疑問が残る。数値化された情報はすでにそれまでの感覚的な情報とは全くの別物のような気がする。
2番目の方法は、脳で行われているような、短期記憶を長期記憶へ情報を移すプロセスをコンピュータに再現する必要があるが、今のところどうすればいいかよくわからない。
まとめ
ひとまず、今のところ、私が思いつく限りのことをまとめてみた。コンピュータに脳の記憶方法を再現できれば、より理解は深まるだろうが、脳の記憶の方法がまだ完全には明らかになっていない以上難しいだろう。
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